この物語の主人公は小泉貴斗。21歳。北海道の大学に通うごく普通の大学生。
母子家庭という状況下だったため高校を卒業して就職を考えた。母親に楽をしてもらいたいという思いと、早く社会に出たいという思いからだ。だが、大学だけは出て欲しいという母からの強い説得に押され、進学を決めた。
今振り返ると、学生生活の思い出はアルバイトを一生懸命していたこと。生活費だけは親の世話にはなりたくなかったためだ。でも、学生の稼ぎなんてたかが知れている・・・。
この物語は、冬の寒さが厳しい札幌から始まる。
第1話 始まりはここから
まさかこんなことになるとは思わなかったんだ。
軽い気持ちで始めたことが、こんなにも自分を追い込み、周りの人を悲しませるなんて・・・。
始まりは北の大地 北海道は札幌
北海道札幌。
冬の札幌の寒さは厳しく、屋外の温度計はマイナス8度を表示していた。
狸小路商店街から、ロビ地下を抜け、地下鉄南北線で家路を急いだ。
小泉貴斗 21歳。出身は新潟県。現在、札幌にある大学に通っている。実家は母子家庭で、2人兄弟。2つ下に弟がいる。
高校卒業後、家庭の状況を考え就職しようと考えていた。しかし母から大学へは言っておくべきと強く説得され、北海道の大学を選んだ。
経済的に苦しい状態だった実家のことを考え、大学の学費は奨学金に頼った。足りない分は前借りということで、母親が学費のためにと貯めておいてくれた貯金を仕送りしてもらっていた。
正直心苦しかった。だからこう言った。
「大学の授業に余裕があって、結構アルバイトの時間を確保できるんだ。仕送りは当分いいよ。実家も裕福じゃないんだから、仕送りする予定のお金は家のために使ってよ。」
大学へと進学させてくれた母への、せめてものお礼のつもりだった。
アルバイトで生計を立てていたが・・・
こうして、アルバイトで稼いだ分だけで生活費を捻出するようになった。
毎日学校が終わった後、地下鉄を利用して、札幌の狸小路商店街にある居酒屋でアルバイトをしている。
でも、正直アルバイト代だけで、一人暮らしをするのは正直難しかった。
時給700円。1日5時間、土曜日は8時間。
1ヵ月で約9万円~10万円ほど稼ぐことが出来たが、正直生活は非常に困難だった。家賃が滞納気味になっていった。削れるのは食費だけ。自炊を徹底し、作り置きするようにした。
それでも生活の苦しさに変化はなかった。
「どうしたものか・・・。家庭の状況を考えても母親にお金の話は出来ない・・・。」
苦しい生活は続く
日々の生活は過ぎて行く。
一向に生活状況が改善されることはなかった。
雪が降りしきる札幌の夜。町中にはキラキラと輝く看板が並んでいる。ふと、その中でも一段と大きな看板が目に飛び込んできた。
大手貸金業者の看板だ。
もし僕がお金に困っていなければ特に目をとめることも事もなかったであろうこの看板。でも、その時の僕には救いの手を差し伸べているように見えた。
「少しくらい借りても・・・。いや駄目だ。」
心の中で葛藤があった。
葛藤の理由は分かっていた。他人からお金を借りるということに抵抗があったのだ。
でも・・・。
葛藤・・・そして
数日後、僕はその看板のあった店舗内にいた。
この数日、自分の中で葛藤してしていたのだ。お金を借りるのか借りないか。
そんな中、自分の中で結論に達した。
「お金が必要。他人から借りたくない。でも、奨学金は借りている。他人から借りている。では、奨学金も貸金業者も同じではないか?良し借りよう。」
ある意味都合の良い結論。
その結論が正解であるのかそうでないのかを正しく判断する経済状況ではなかった。
僕は貸金業者からお金を借りるという選択をしたのだ。
簡単に作れるキャッシングカード
店舗内と言っても、人がいるわけではなかった。機械がただ置いてあるだけ。いわゆる無人契約機というやつだ。そして目の前には書類がある。それに必要事項を記入していく。
住所、氏名、年齢、家族構成、年収、職場等・・・。かなり詳細に記入していかなければいけない。
記入し終えた書類は、無人契約機に読み込ませる。また、個人を証明できる書類(運転免許証・健康保険証など)も読み込ませる。
どうやら読み込ませた書類を元に審査をしているようなのだ。
所要時間約30分。
カードが発行されて終了。案外簡単なものだった。人生初のカード。少し興奮をしていた。大人になった感じがした。
早速発行されたばかりのカードを使ってお金を借りてみた。限度額は10万円。10万円までならいくらでも引き出すことが可能だ。手始めに3万円引き出してみた。
本当に引き出せるのか?
カードをキャッシングマシーンに入れ、暗証番号を押し、後は画面に表示された指示通り、ボタンを押していく。
「3・・万・・円っと」
ガシャガシャガシャガシャ・・・。
キャッシングマシーンの中でお金を数える音がする。
音が止んだ。それと同時に目の前のフタが開く。
「おぉ・・・!」
思わず声が漏れた。目の前にお金がある。それを手にした僕は更に興奮した。
第2話 キャッシングカードとの付き合い
キャッシングカードで初めてお金を借りた僕の、長い貸金業者との付き合いはここから始まったのだ。
長い長い付き合い。
今思うと、約10年に渡る付き合いだった。
その間、大学を卒業し、就職をし、結婚もした。
『約10年に渡る付き合いだった』というのは既に関係が終わっているということを意味している。まさかこんなに長い間取引を続けるとは思ってもみなかった。
では、話を戻してみる。
簡単に借りられる便利さが故に・・・
初めてキャッシングカードを利用して、お金を借りた所まで話を戻してみようと思う。そこが全ての始まりだからだ。
初めてキャッシングマシーンでお金を借りた僕は興奮をしていたのだが、頭のどこかでこう考えていた。
「簡単だな」
その考えが、この後の人生を狂わせていく。
毎月決まった日に返済をしていく。毎月1万円+利息分。
正直、大した利息ではなかった。
その後も、お金が必要と思うと、キャッシングマシーンを利用した。
今までは、少しお金がないなぁと思ったときは「我慢」を選択していたのだが、今では「借りればいいか」という状況になっていた。
それが当たり前となっていた自分に気づいていなかった。
限度額アップの誘い
しばらくすると電話がかかってきた。
「はい、もしもし」
「竹内と申しますが、小泉貴斗さんでいらっしゃいますか?」
「はい、そうですが」
女性の声だった。竹内という女性の知り合いはいない、そう思った次の瞬間彼女はこういった。
「私、ABC金融の竹内と申します。」
・・・?・・・!?なるほど!
始めから貸金業者を名乗らなかったのは、電話を掛けた先が僕じゃなかったらまずいからだ。プライバシーに関わるからだ。
女性は続けた。
「いつもABC金融をご利用くださりまして、誠にありがとうございます。現在、小泉様は限度額を20万円まで増やすことが可能となっておりますがいかがいたしましょうか?」
え!?
現在の限度額は10万円。それ以上は借りることが出来ない。実は限度額に近づいていたため、ちょうど良いタイミングだった。
「お願いします!」
すぐに僕は決断した。
第3話 限度額の深み
限度額を20万円まで引き上げた僕には、更にお金に余裕が出来た・・・という感覚に陥っていた。
自分のお金のようで、そうではないお金。
苦労しないで手にするお金。
そういったお金というのは得てして身にならない。
再び電話が
増額した限度額も、すぐに上限に達しようとしていた。
するとまた電話が鳴った。
「小泉貴斗さんのお電話でしょうか?」
そう、取引をしている貸金業者のスタッフからだ。
今度の話では、限度額をなんと50万円まで引き上げることが可能だというのだ。
冷静に考えれば「ちょっと待てよ!」ということになるのだろうが、その時の僕の頭の中に「ちょっと待てよ!」は鳴り響かなかった。
「お願いします!」
こうして、限度額50万円のカードを手にすることとなった。
『返済はきちんとしている。キャッシングカードを使い続けても何も問題はない。自分には正当な理由があるんだ。』
そう、自分に言い聞かせながら。
第4話 その時は突然に
大学を卒業し、地元の百貨店に就職することが出来た。
朝から晩までの忙しい日々だったが、毎日が充実していた。
職場は実家から通える範囲で、実家から通うようにした。母親も安心してくれていたようだった。
ただ、貸金業者からの借り入れは限度額ギリギリの状態だった。何かとお金が必要な機会があり、そのたびに利用していた。
このことは誰も知らない。勿論母親も。
少ない給料から少しずつ返済
就職をしたことで、毎月約15万円は手取りでもらえるようになった。新入社員だからそんなものだろう。その中から8万円を毎月実家に入れることにした。
どのくらい家にお金を入れたら良いのか分からなかったが、家賃と食費というように考えれば、妥当な金額だと思ったからだ。
自由に使えるお金は7万円。その中から大学時代の奨学金や携帯電話代など、生活に必要な支払いをしていった。それでも、手元には毎月貸金業者への返済分は残っていたので、しばらくは順調に返済することができた。
それでも突然の出費というものはあるもので、手持ちがないときにはキャッシングカードを利用していた。
ついに恐れていた事態に・・・
そんなある日、事件が起こった。
キャッシングマシーンから現金を引き出したときに、一緒に出てくる取引明細書。これをポケットの中に入れたままにしておいたのだ。それをそのまま洗濯物として、出してしまった。
それを母親が見つけてしまったのだ。
「これは何?」
母親は僕に尋ねた。
「え~っと・・・」
頭が真っ白になって言葉が出てこなかった。一番知られたくない母親に貸金業者との取引を知られてしまった事実が、僕をパニックに陥れたのだ。
「お金を借りているの?」
「いつから?」
「返済できる目途はあるの?」
母親からの投げかけに何も返事が出来なかった。
「今すぐ、全額返してきなさい。」
出来るはずがない。貯金など、ほとんどないからこそ、キャッシングカードを利用していたからだ。
すると、母親はすっと立ち上がり、タンスの中から通帳と印鑑を出してきて、僕に差し出した。
「これは、あなたが仕送りを断ってきてから、あなたが大学を卒業するまでの間、貯めておいたお金。もし、また仕送りが欲しいって言ってくるときに、ここから渡そうと思っていたの。」
仕送りを断ってから約1年間。毎月8万円ずつ貯金してくれていた。生活が苦しいはずなのに。
思わず涙が出た。
母親に心配をかけないために作ったキャッシングカードが、今は母親を苦しめている。
そう思った。
いや、キャッシングカードが悪いんじゃない。それを利用していた僕の使い方が悪かっただけなのだ。
「ありがとう。必ず毎月少しずつでも返すから。ありがとう。」
目の前が涙で曇りながら、母親の差し出した通帳と印鑑を手にした。
「解放された気持ち」「母親に申し訳ないと思う気持ち」「秘密がばれた気持ち」「情けない気持ち」と色々な気持ちが交じり合っていた。
第5話 自ら足を踏み入れた
母親のおかげで、貸金業者との縁は切れた。全額返済できたのだ。
この時23歳。
貸金業者との取引は約2年だった。
平穏な日々・・・のはずが・・・
それから、しばらくは平穏な生活が続いた。しかし、言っても安月給。貯金が貯まることはなかった。
24の夏、彼女ができた。
同じ職場の同僚だ。
彼女に格好良く思われたいために、ローンを組んで車を買った。更に、食事はちょっとお高いレストラン。
当然、出費はかさんだ。
でも、こうすることでしか自分を格好良く演出することが出来なかった。
「お金を借りるか?」
一瞬頭をよぎった。
困ったときには何かと利用していたからだ。
でも、それは出来ない。
通帳と印鑑を静かに手渡してきた母親の表情を今でも忘れられないからだ。
同じ過ちは2度と繰り返したくはない。
でも、彼女に良く見られたい。
悩んだ。
正直、こんなことで悩むのはおかしいのかもしれない。冷静に考えればどちらを選択すればよいのか分かりそうなものである。
ただ、冷静でなくなると僕はおかしな言い訳を付けて、最悪の選択をしてしまうようだ。
「彼女とは結婚をするかもしれない。ほんの少しくらい借りる程度なら、十分返済していける。ボーナスが入ればすぐに返済できる。」
貸金業者と取引が再び始まった。
まさか、この取引再開が、その先ずっと続くことも思わずに。
勘違いで格好付けていただけ
彼女との付き合いが2年続いたある日、彼女に言われた。
「ねぇ、ちょっと無理していない?別に僕は食事が出来ればどこでもいいし、デートは公園でも全然構わないよ。」
ドキッとした。
彼女は同じ職場の同僚なわけだから、僕がどのくらいの給料をもらっているのか、大体分かっている。
それなのに、頻繁に高級なレストランに行っているわけだから、おかしいと思うのも当然なのだ。
「いや、大丈夫だよ。でも、今度からはファーストフードもいいね。」
そう、冷静を装い、違う話題に変えた。
その後、高級レストランへ行く回数を減らしたが、彼女の態度は全く変わらなかった。
彼女が言った言葉は本当だった。
お金を借りてまで格好付けようとして行っていた行為が、ただ自分を苦しめるものになっていたのだ。
一生の決断の時
彼女と付き合って3年目。僕はプロポーズをした。借金のことは話さずに・・・。
彼女からの返事はOK。
天にも昇るような気分だった。
第6話 結婚生活の中で・・・
結婚生活は何もかも順調だった。
しばらくは共働きをしていた。生活費は基本的に僕の収入の中から出していた。もし足りないことがあれば、その分を彼女に出してもらっていた。
結婚した翌年、子どもができ、彼女は仕事を辞めた。家庭内の収入が減り、僕の収入だけで生活をすることとなった。
それでも、贅沢をしなければやっていけないことはなかった。
些細なことから秘密が知られた
ある日、また僕はバカをしてしまった。
毎月の返済の際にATMで発行される貸金業者との取引明細を、家のゴミ箱に捨てそれを妻に見られたのだ。
「なにこれ?」
当然こうなる。
「何に使ってたの?」
答えられるはずがない。君の気を惹きたくて、使っていたなんてあまりにも格好悪すぎる。
「ごめん・・・。」
この一言しか言えなかった。
悲しそうな目で僕を見ていた妻が動いた。
「はいっ」
彼女は自分の預金通帳を僕に差し出した。
「私が結婚するまでに貯めたお金が入っているから、これで返済してきなよ。」
この光景、過去にも見たことがある。そう、以前、母親が僕にしてくれたことだ。
「ごめん・・・ありがとう・・・。」
格好悪い・・・。格好悪すぎる。何やってんだ俺は・・・。
彼女に良い所を見せたくて、再び借金を始めた。それが結局自分の力で返済することも出来ず、彼女にお金を出させてしまう結果に・・・。自分が情けない・・・。
こうして、再び貸金業者との取引は終わった。
毎月妻には1万円ずつ返済すると約束をして。
第7話 周りの人間に見栄を張り
子どもも生まれ、家の中が賑やかになった。
仕事でも部下を持てるまでになり、仕事が終わると飲みに行くことも増えた。格好付ける僕に部下が出来たのだ。
これが引き金となってしまった。
三度始まる借金生活
仕事終わりの飲み会は基本おごり。それが続けば当然財政ピンチとなる。
「部下におごるからお金ちょうだい!」
こんなことは妻には言えない。
ふと、財布の中を覗くと、昔よく見たカードが見える。本当に駄目な男だ。
なぜ、カードを取っておく。必要ないはずなのに。お金がないなら「ない」と言えば良いではないか。
本当に駄目だ自分は、本当に・・・。
ガシャガシャガシャガシャ・・・・
何度も聞いてきた聞き覚えのある音。僕の人生を狂わせる音。結局また借りてしまった。
流石にまずいと思った僕は、しっかりと毎月の返済は行うようにしていた。限度額は50万円だが、10万円以上借りないようにしていた。
借りては返し、返しては借り。
5年の返済にようやく終止符
そんな取引がその後、5年は続いた。その頃には昇給し、お金に多少の余裕が出来ていた。
毎月きっちりと行っていた返済も完全に終わった。
取引の期間、約10年。
長かった。
これまでに沢山の大事な人を傷つけた。本当に馬鹿だった。
第8話 過払い金返還請求?
貸金業者との取引が完全になくなって1年後。
広告で過払い金返還請求を知る
新聞の広告でこんな広告を目にした。
『過払い金 返還請求しましょう!あなたは払い過ぎていたのです!』
「過払い金?なにそれ?」
初めて聞く言葉だった。いまいちピンっと来なかったのだが、横に書いてある小さな文字を読んでいって衝撃が走った。
「貸金業者と5年以上取引経験がある方は、貸金業者にお金を払い過ぎている可能性があります。払い過ぎているお金は返還請求できます。」
確かこんな内容だったと思う。
「それ僕じゃん。」
思いっきり僕は該当していた。
知らなかった。まさかお金を払い過ぎているなんて思いもしなかった。
家に帰るとインターネットで調べてみた。
知らないということが損を招いていた
どうやら、「出資法」と「利息制限法」というのがキーワードらしいのだ。
貸金業者は出資法で定められた「29.2%」以内の金利でお金を貸しているということなのだ。
ただし利息制限法で定められた金利の上限は、借りている金額にもよるが約「15%~20%」ということなのだ。
簡単にいうと、貸金業者の多くは29.2%に極めて近い金利でお金を貸していることが多いということだ。
しかしこれは利息制限法の上限金利に引っかかってしまう。
そのため、「利息制限法の上限金利」以上で返済していた場合には、返還請求をすることが出来るというのだ。
知らなかった。
当然のように毎月返済していた。
知り合いの司法書士に相談をしてみることに
様々なホームページを見てみると、相当な金額が返還されたという事例が掲載されていた。
過払い金返還請求をするためには、代理人が必要ということなので、知り合いの近くに住んでいる司法書士事務所に連絡を取ってみることにした。
第9話 知り合いの司法書士に連絡
早速、知り合いの司法書士事務所に、連絡し会う約束を取り付けた。
その際に言われたことが、「運転免許証」「印鑑」「今までの貸金業者とのやり取りの書類」を持って来て欲しいということだった。
「貸金業者との書類・・・かぁ・・・」
始めて契約をしてからずいぶん経つ。その時の書類はどこにあるのかさえ見当もつかなかった。手元にあったのはキャッシングカードのみだった。
予想外の金額
約束の日、司法書士事務所に出向いた。
そこで、今までの貸金業者との経緯を全て話した。
その結果、司法書士が言った。
「過払い金発生しているでしょうね。100万円とまでは言わないけど50万円後はあってもおかしくないね。」
「え!?50万円???」
予想外の大きな金額だった。
それと同時に、そんなにも余分に返済していたかと思うと、腹が立ってきた。
「どうする?過払い金返還請求する?」
返事するまでもない。当然だ。
司法書士の目を見て、僕は強くうなずいた。
第10話 司法書士と代理人契約
そこから僕の代理人となる司法書士の契約をすることにした。
契約内容は次の通り。
- 貸金業者1件に付き5万円。
- 返還された金額の20%が代理人報酬
簡単にいうとこんな感じだ。
返済された過払い金の中からの支払いになるため、こちらで特に用意するお金は必要ないそうだ。非常にありがたい。
続けて司法書士は言った。
「過払い金が50万円あったとしても、貸金業者が全て返還してくるとは限らない。交渉次第。向こうもお金を出したくないからね。」
払い過ぎたお金なのに、交渉次第で金額が変わるものらしい。流石に素人じゃ、金融のプロに良いように言われて交渉にすらならないかもと思った。
「まぁ、出来るだけ頑張ってみるよ。返還金額がこっちの報酬にも関わってくるからね。」
そのようなこともあり、交渉のプロである司法書士に、貸金業者との交渉を委任することにした。
第11話 予想外の過払い金
司法書士が初めに行ったことが、貸金業者に対しての「代理人通知の送付」と「取引履歴の開示」だった。
「代理人通知の送付」とは、僕の代理人になったことを伝えることだ。これにより、これから先の交渉は全て代理人が行うという意味がある。
この効力は大きく、もしまだ僕が貸金業者からお金を借りていたとして、催促の電話を受けていたり、家に来られたりしている状況だったとしたら、それらの行為はなくなる。
貸金業者から僕へのコンタクトは一切なくなり、もし僕へコンタクトを取りたい場合には、代理人にコンタクトを取らなくてはいけない。また、もし毎月返済をしていたとしても、返済は一度ストップされる。
なるほど。
この説明を聞いて、代理人の重要性を強く感じた。
「取引履歴の開示」とは、僕と貸金業者がいつからどのような金銭のやり取りがあったのかを、開示してもらうことだ。
いつ、いくら借り、いつ、いくら返済したのか。そしてその時の金利はどのくらいだったのか。
これらの情報は、貸金業者は必ず持っているのだそうだ。
そして、代理人が取引履歴の開示請求を行って、貸金業者が開示しないことは法律に反することなので、絶対してくるということらしい。
なるほど。
なるほどの連続だった。
取引履歴から引き直し計算を行う
2か月後、貸金業者から「取引履歴」が代理人の元に送られてきた。それを基に代理人は、「引き直し計算」というものを行う。
引き直し計算とは、利息制限法に照らし合わせて計算をどのくらいの利息で返済するのが適正だったのかを再計算するということだ。
一般の貸金業者は利息制限法より多い金利を採用している。そのため、そこに『金利の差』が発生する。それを「グレーゾーン金利」と呼び、この分が「過払い金」となるらしいのだ。
引き直し計算の結果
引き直し計算の結果、僕の過払い金額は約60万円あることが分かった。
約60万円も余分に返済していたということになる。
「そ、そんなに・・・」
これを基に、代理人と貸金業者の交渉が始まった。
第12話 あっさりと解決?
代理人が貸金業者と交渉を始めてから約2か月後、過払い金が返済されることが決まった。そしてその返済額も。
もっと修羅場があるのかな?と想像していただけに、「先方から金額の提示があったよ。」と代理人に言われたときには、こんなにあっさりとしているものなの?と思ってしまった。
もしかしたら、僕の知らないところで熱いバトルがあったのかもしれないけど、僕の生活に何の支障もなかったことがありがたかった。
そして、代理人の交渉が上手く行ったのか、満額とまではいかなかったが「50万円の返還」と、貸金業者は提案して来た。
返還額が代理人の予想を大きく違わなかったし、あまり揉めて時間がかかると「訴訟」になりかねないので、僕はその金額に納得することにした。
更に数か月後、僕の手元に50万円が返還された。そこから、代理人報酬を支払う。代理人報酬を支払っても、僕の手元には35万円残った。
このお金は僕が手にしちゃいけない
僕は、このお金に自分の預金を合わせて実家の母親の元に向かった。
「迷惑かけたね、お母さん」
そう言って僕は、そっと封筒を差し出した。
「なにこれ?」
不思議そうな顔で僕を見つめる。
「前に僕がしてしまった事で、お母さんには随分、迷惑をかけたよね。ずっと返したいと思っていたんだよ。」
母親にお金を出してもらって以来、顔を合わせるたびに申し訳ないと思い続けていた。
お金を出してもらった事実が変わることはないけれど、ほんの少し心が軽くなると思ったのだ。
「いらないよ。元々あれは、あなたのために使おうとしていたお金だから。」
そういうわけにはいかない。
今回の貸金業者との交渉は、母親のためにしたようなものだ。
僕はこれまでにないほど母親を強く説得し、渋々ながらお金を受け取ってもらった。
最終話 ありがとう
「ごめんね。」
僕は妻に返還されたお金を母親に返したことを話した。
「いいよ別に。」
その妻の一言に救われた。
妻も僕の借金返済に協力してくれた。
本来なら、妻に渡すべきお金だったのかもしれない。それなのに特に咎めもしない妻。本当に僕は幸せ者だ。
周りの人の協力なしでは生きては来れなかった。多くの人に助けられて今ここにいる。
そう、強く実感したのだった。
ありがとう、母さん
数日後、銀行へ通帳の記帳へ行き、僕は驚いた。記帳された通帳に、母親からお金が振り込まれていたのだ。
それも僕が母親に渡したお金がそっくりそのまま。
「何で!?」
驚いて母親に電話をした。
電話に出た母親はこういった。
「老後の貯蓄くらいちゃんとしているよ。私はお金の管理がしっかり出来るからね。そのお金は孫の学費に使いなさい。今度はあなたがしっかりお金の管理をするんだよ。あなたも父親でしょ。」
ちょっと嫌味を込めた、それでいて愛情のこもった言葉に胸を打たれた。
「ありがとう。」
「何言ってんの。親が子どもを助けるのは当然でしょ。」
もう駄目だ。
次々に涙がこぼれてきた。
この件で、僕はどれだけ涙を流しただろう。どれだけ周りに迷惑をかけてきただろう。何度、周りからの愛情の強さを感じただろう。
「ありがとう・・・」
かすれそうな声で感謝の言葉を絞り出し、静かに電話を切った。
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